プロローグ
トモヒロへの愛を伝えるには何が一番いいのか。ヒト自体をこんなに好きになったのはトモヒロが初めてだ。 ましてや、自分が散々嫌って避け続けてきた人間に対して好意を持ったのだ。
人間が喜ぶもの、人間が愛を感じることができるもの。 それが自分の常識と合っているのか分からない以上、トモヒロとの接触は憚られる。しかも、トモヒロがオリジンに所属してから、数か月が経つ。未だにトモヒロの心を満たせていないのが本当にもどかしい。
こんな惰性な日々を過ごしていて、自分は人間の、トモヒロの友人と言えるのだろうか…。そんな事を考えるようになった頃、オリジンのリーダー・ラルグから通達が来た。
ざっくりまとめれば、あるイベントが行われている期間は殺しはするなという事だった。
イベントの名称は“セントラル・ハーベスト”。 中央街の外で暮らしていた時期もあったから当然どういうイベントであるかは知っている。だが、今の自分にはどうでもいい事である。今の自分に必要なのはトモヒロを救う技術を培うことだ。 ましてや、そのイベントは中央街の外の話。そのイベントに乗じて何かする理由がない。 …とは言えなくなってしまった。理由はトモヒロの言葉である。
「サナギ!聞いてくれよ!」とサナギの静かな個室に明るい声がこだまする。振り返ると、ペストマスクをつけたトモヒロがこちらの方へと近づいた。
「どうした?わざわざ部屋に来なくても電話で…」
「とにかく、これを買ってきてほしいんだ!」
ポケットから取り出したスマホを眼前に見せつけられた。それにはさつまいもが写っていた。 「さつまいもを買う?何に使うんだ?」 当然の疑問である。食糧はまだまだ足りているのだから買う必要はないはずだ。
「え、さつまいもっていうんだ。とにかくこれを昔のこの時期に見たことがあってさぁ。とにかくこれを食べてみたいんだよね。」
「オッケー。港でさつまいも買ってくるわ。」
理由に過去の話が絡むとトモヒロの”お願い”という言葉に弱いのは自覚しているがやはり願いはできるだけ叶えてあげたいと常に思う。そういうわけで、次の日の早朝、イベント中は秋の食べ物が多く売られる港へ行き、さつまいもを一本買うと、トーチタワーのキッチンへ向かった。
その日の夜
これを調理に使ったことは全くないが芋ではある。フライパンで備蓄の肉と一緒に塩胡椒で炒めた。味見をしたがやはりほんのり甘いさつまいもが調味料とよく合い美味しい。早速、電話で呼び出してトモヒロに完成した芋炒めを自信満々に差し出した。
ところが、
「俺が覚えてるのはもっと甘くてしっとりしたやつだ。昔食べたのと違うなぁ。」
美味しいとは言ってくれるものの自分の想像とは全く異なる返事だった。声のトーンは明らかに下がっている。これは自分に対しての大きな期待への失望。友人としてあってはならない失態だ。全てを察したサナギにトモヒロの慰めの言葉が聞こえてるはずなどなかった。 トモヒロの友人としての意地を見せなければならない。この瞬間、サナギの心に静かな闘志が燃えあがる。
サナギの回想
甘くてしっとりするものとなれば恐らくフライパンなどを用いて加熱調理するものではない。となれば恐らくトモヒロが食べたのはお菓子になるはずだ。 そうなると大量に菓子作りに使う材料を買い込んで置かなければならない。となれば菓子作りに挑戦できる期間はセントラル・ハーベストの期間の間だろう。それ以外の期間ではさつまいもも売られる数が少なくなるし、サナギ自身も菓子作りばかりしていても人間(トモヒロ)の身体構造について知る為の時間が足りなくなってしまう。
セントラル・ハーベストの期間内にトモヒロの求めるさつまいもを使ったお菓子を作ってみせる。トモヒロに笑顔になってもらうために。こうして、トモヒロへの期待に確実に応えるための、サナギの菓子づくりへの挑戦が今、始まった。